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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)1118号 判決

上告人

小島バルブ工業株式会社

代理人

赤沢俊一

本間勢三郎

被上告人

野村好直

外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人赤沢俊一、同本間勢三郎の上告理由第一点について。

原審確定の事実関係のもとにおいては、商法五二一条の適用あるいは類推適用により訴外野村貿易株式会社(以下単に野村貿易という。)の本件手形に対する商事留置権を認めることはできず、原判決もその趣旨を判示するものと解することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点において。

訴外高知重工業株式会社(以下単に高知重工という。)は、昭和四〇年五月野村貿易から艀五隻の建造を代金二二〇〇万円で請け負い、野村貿易から前渡金として代金の半額金一一〇〇万円の交付を受けることとなり、これに対して高知重工は、将来右請負契約の不履行があつた場合野村貿易に対し負担すべき損害賠償義務を担保するため額面金一一〇〇万円の本件約束手形を野村貿易にあて振り出し、かつ、野村貿易から本件手形の預り証を受け取り、右請負契約が不履行なくして終了したときは右預り証と引換に野村貿易から本件手形の返還を受けることを約定していたこと、当時高知重工の信用状態がかんばしくなかつたため、高知重工の役員である被上告人両名が、野村貿易の求めにより、振出人のため本件手形につき手形保証をしたものであること、その後、右請負契約はすべて履行され、前記請負契約に基づく高知重工の野村貿易に対する損害賠償義務は不発生に確定したこと、以上の事実は原審の適法に確定するところである。

思うに、将来発生することあるべき債務の担保のために振り出され、振出人のために手形保証のなされた約束手形の受取人は、手形振出の右原因関係上の債務の不発生が確定したときは、特別の事情のないかぎり、爾後手形振出人に対してのみならず手形保証人に対しても手形上の権利を行使すべき実質的理由を失つたものである。しかるに、手形を返還せず手形が自己の手裡に存するのを奇貨として手形保証人から手形金の支払を求めようとするが如きは、信義誠実の原則に反して明らかに不当であり、権利の濫用に該当し、手形保証人は受取人に対し手形金の支払を拒むことができるものと解するのが相当である(昭和三八年(オ)第三三〇号同四三年一二月二五日大法廷判決、民集二二巻一三号三五四八頁参照。)。そして、右受取人から裏書譲渡を受けた手形所持人につき手形法一七条但書の要件が存するときは、手形保証人は、右悪意の所持人に対し右権利濫用の抗弁をもつて対抗することができる。

右の法理に照らし、本件手形の保証人たる被上告人両名は、前示事実関係その他原審確定の事実関係のもとにおいては、上告人の本件手形金の支払請求を拒むことができるものと解すべきである。なお、上告人は野村貿易の高知重工に対する別口債権の存在に基づいて主張するところがあるが、原審確定の事実関係のもとにおいては、右債権が本件約束手形金債権と全く法的に関係のない別口債権であるとする原審の判断は是認できるから、かかる別口債権の存在をもつては、野村貿易ならびに上告人の本件手形上の権利の行使を理由あらしめることはできない。

以上、右と同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

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